小学校の頃のクラスメイトの男の子が、鼻くそをほじって椅子の裏になすりつけるのが癖で、
はっきり嫌われていたわけじゃないけどちょっと不潔と思われていて、
私もこの歳になっても彼のことは鼻くその人だと思っているわけですが、
学校時代のそういう、シモだったり汚物系の認定って、たぶん一生ついて回ると思うんですよ。
今のこのネット時代だったら特に。
この本は章仕立てになっていて、1章がともかくエロいんですが。
(1章目は短編として「女による女のためのR-18文学賞」という賞の受賞作らしいです)
その後に続く物語を、登場人物の背景を丁寧に描いていくことで立体的に膨らませて、
人間が子供を作るということ、子供として生まれるということ、親になるということ、
人間は不完全であること、欲望のままに動いてしまうこと、悪いことをしてしまうこと、
でも人は支えあって生きていて、汚くても醜くても、前に進むことが出来るということを
描ききっているというのが凄いと思います。
1章目を割とざっくりとしたエロ目的の小説としてだけ書いて、
その後あの物語を付け足したんだとしたら相当すごい手腕じゃないかと思います。
時間の経過はどうやら若干の行き戻りはあるにせよ時系列どおりの感じで
2章、3章と進んでいくのですが、章によって語り手が変わります。
でも登場人物全体は一緒なので、次は誰が語り手だろう?って思いながら読んでいく感じ。
今回はだれだれです、と明記はされてないので、少し読み進んで、あっあの人か!
ってなる感じなのが面白くて、出来事がどんどん立体的になります。
正直言うと、この手法は「告白」とかの湊かなえっぽいなーとも思うんですけど。
でも湊かなえの人間嫌いそうな感じとは違って、しょうもない人間を愛してる感じが、
この作家さんの読ませるところかなとも思います。
なるべくネタバレをしない感じで語りたいのですが、
この文章の冒頭の、学校時代の認定の話。
主要な登場人物の「斉藤くん」が、学校に行けなくなってしまうような出来事を
起こしてしまうわけです。
背が高くてイケメンでやさしい斉藤くん。バカなことをしでかす斉藤くん。
ひきこもる斉藤くん。失恋する斉藤くん。
彼はけして悪い子じゃないのに、世間から奇異の目で見られるようになってしまう。
それは彼が実際、奇異なことをしていたからなので、全く間違っていない。
でも彼は悪い子ではないんです。むしろ、凄くいい子なんです。
実に、人間ってこんな感じじゃないかと思うんですよね。
天使みたいに清廉潔白な人も、良心の呵責のない悪人も、まずいないはずだと。
どっちかに寄っているというわけでもなくて、両方抱えて生きてるんじゃないかと。
人に優しくありたいと思う反面、自分の利己的な欲望を優先させてしまったり。
斉藤くんに限らず、斉藤くんを好きな七菜ちゃん、斉藤くんの友達の福田くん、
七菜ちゃんの親友のあくつちゃん、福田くんのバイト先の先輩の田岡さん、
出てくる登場人物が、みんな愚かでみんな愛おしいんです。
どこか、自分の中にその人のような感情が在るからなのかもしれません。
大雨が降って、七菜ちゃんの家に、七菜ちゃんと、更年期障害ぎみの七菜ちゃんのお母さん、
どん底の斉藤くん、人生の意味を見失ってひきこもった七菜ちゃんのお兄ちゃんが
避難できずに閉じ込められてしまう場面があります。
とにかくごはんを作って食べて、みんな休もう!といって寝ます。
(上の絵のシーンなんですけど)
人生で、自分の力ではどうにもならない大きな出来事(災害だったり想像もしない出来事)が
起きてその対応に追われて気が付いたら、自分がこだわっていた事や自暴自棄だった事が、
すべてどうでもいいことみたいに思えて、ただ前に進もうと思えるようになっている、
っていう話に、心当たりがあって。
もしかしたら前にも書いてるかもですが、「マグノリア」っていう映画があります。
私は、折に触れてこの映画のことを思い出すので、私はこの映画に相当影響されているんだと
思うんですが、悲しくてつらくて苦しい思いをしている登場人物たちの前に、
カエルが。
(カエル嫌いの方など、ショッキングな映像が苦手な方は閲覧注意です→→
動画)
マグノリアを最初に観た時は、いまいちカエルの意味がわからなくて、
もしかしたら今もはっきりわかってるわけじゃないし、アメリカ的には宗教的な意味が
あるのかもしれないんですけど、「きっかけ」とか「転換期」っていう意味なのかなーと
今は思っています。
どん底だったら、後は上に行くだけなんだっていう。
この小説ではこれが中盤にあるのでまだ紆余曲折しますが、転換していくきっかけに
なっているのは間違いないと思うので、好きなシーンです。
群像劇っていうところもマグノリアと似てて結構好きです。
登場人物で好きなのは、上で書いた田岡さんとあくつちゃんです。
すごく複雑な心理状態の二人のキャラクター設定がなんか好きです。
田岡さんは優しいし、お金持ちだし、頭がいいし、仕事が出来る。
けど、重大な欠陥のある人間だと自分のことを思っている。
あくつちゃんは、たぶん自分がどんなに酷い事をしているかわからないまま、
深く考えないまま、感情の通りに行動している。
いつも善人でいたいと思ってすごしているのに、不意に、心に闇が
忍び寄ってきて気付いたら真っ暗な中にいる、そういう気持ちは人間なら
必ず経験していることだと思うんですよね。
だから読んでても、登場人物のその行動を責められない気持ちになるという。
私はそういう登場人物の性格設定が凄い好きでした。二面性とか好きなのかもですが。
あと、妊娠と、出産と、子供として生まれること、子供を作ること、っていうのが
大きなテーマとしてあると思うんですけど、人間て結局そういう仕組みで動いている集団で、
そこから逃れられないというのもとして描かれてて凄いなっていう。
それは幸せな仕組みばっかりじゃなくて、妊娠できない人がいたり、大人になれない妊婦さんが
いたり、無責任に出産したり、ネグレクトに耐える子供がいたり、無責任なセックスがあったり
するのが凄い。
ただ、出産というのは未来への希望の光である、というのはブレないんですよね。
そこも素晴らしいなと思いました。
どうやら出産関係の取材とかをされてた作家さんみたいなので、そういう流れなのかもですが、
そのサイクルの輪の中で辛い人、悲しい人、翻弄される人がいたり、幸せを求める人がいたり
するのを両面描いてるのが実に現代的でいいと思います。
個人主義みたいな時代になって、人間の本能みたいなことがまっすぐ機能しなくなっているのを
再確認します。私は個人的には、本能優先ばかりがいいとは思ってません。
個人主義も大事だと思うし、それが人間の成熟と言えなくもないと思ってますけどね。
この小説の中のほとんどの登場人物を、悲しくて愛おしいと思っていますが、ただ一人、
絶対的に許せない人物がいて、出来事の一番根本的原因となってる人なんですが、
読み終わって「なんだよ!!あいつだけ全く罰せられてないじゃんうまく逃げおおせて!」
と思っていたのですが、後でしみじみ考えてみると、唯一救われてないんです。
他の人は酷い目にあってどん底にあっても、支え合う周りの人に引き上げられて、
みんなで上に上って行こうとしているんですが、その人物だけが、その後の人生は
どん底をずっと這って行くような地獄が待ってるんです。
罰を受けなかった代わりに地獄に居続ける。
これは逆に罰より酷いと思うんですよね。なので、許しましたwww
ちなみに、泣いたかというと別に全く泣いてません。
友達がどこで泣いたのかよくわかんないですwww
ただ、反芻するたびに思い出したり気付いたりすることがあったり、
誰かに話したくなる本であるのは間違いないです。
冒頭のエロシーンも、その後何度も作中で「例のあれ」というような形で話題に上るので
あの目を背けたくなるようなハードなエロ描写を思い出し、暗澹たる気持ちになる、
という仕組みとして凄く作用するので、逆にあってよかった感じです。
アマゾンレビューなんか見ると、やっぱり1章、続く2章が酷いので、読むのを断念
しそうになりましたとよく書いてありますがほんとにそうだと思います。
でも、最後まで読んだ時の、読後感のさわやかさは素晴らしいです。
こっぴどく批判している人は、自分がエロ描写に気をとられすぎて、うわずみだけを
読んでいたんだと思ったほうがいいと思うけどなー。
ちなみに、絶賛しているようですが、誰かのマネっぽい感じもしなくもないし、
出てくる人がステレオタイプなファンタジーみたいな人物だったりもするので、
凄い作家が出てきたぞー!とまでは思っていないんですけど、
この作品を出だしのエロ描写からここまで転換させた手腕は凄いと思います。
ちなみに映画化決定なんですって。
斉藤くんを瑛太の弟のB太(と私が呼んでいる永山絢斗)がやるらしいです。
大胆な性描写を田畑智子が演じるそうです。
うーん。悪くないけどなー。映画化かー。
百万円と苦虫女の監督さんだそうです。ほほう。えっ、さくらんの脚本家!?
それはやばいかもしれないwwwww
でも、この話はやっぱり、小説で読むと展開が読めなくていいと思うんだけどなあ。
不安と期待が入り交じった感じです。
長い。
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